校舎ブログ

サンタクロースっているの?解答編

上石神井校|2011年12月2日

こんにちは。
また一段と寒くなってきました。
巷では「明日は初雪かも」なんてささやかれています。

雪。

子供のころは大好きで、大人になると好きじゃなくなるものの、一つ。
サンタクロースが現れる条件の、一つ。

雪がないとソリが動かないので、サンタクロースにとっては地球温暖化は死活問題ですね。
まあ、そんな話はさておき。

今日は、「サンタクロースっているの?」という問いに答えた、ある新聞記者の社説をご紹介します。
一昨日の上石神井校のブログが「サンタクロースっているの?質問編」になっていますので、それをまだお読みになっていない方は、ぜひそちらからどうぞ。

では、フランシス・チャーチの記事を引用いたします。

ヴァージニア、それはあなたのお友だちのほうがまちがっています。何でも疑いたがる年ごろだから、その影響を受けているのでしょう。そういう人たちは、自分が見たもの以外は信じられないのです。自分の理解できないことは、この世にありっこないと思っている。
でもね、ヴァージニア、大人でも子供でも、自分の頭でわかることってほんの少しなのです。この広い宇宙では、人間などアリみたいなちっぽけな虫にすぎません。まわりに広がる限りない世界と比べてみたり、真実も知識もすべてを把握できる治世によって測ってみれば、人間の知恵など実に小さいものです。
そうです、ヴァージニア。サンタクロースはいるのです。愛や思いやりや優しさがあるのと同じように、サンタクロースはたしかにいるのです。そういった愛や思いやりがたくさんあるから、みんなの生活はとても美しく、楽しくなることは知っているでしょう? もしサンタクロースがいなかったら、この世はどれほど寂しくて暗いものになるでしょう。ヴァージニアがいなくなってしまうくらい、ものすごく寂しいことなのです。子供が無邪気に信じる気持ちも、詩も、ロマンスも、ぜんぶないことになって、生きていくのがつらくなってしまうはずです。そして、目に見えるものにしか喜びを感じなくなるでしょう。子供らしさが世界中にともしている永遠の光も、消えてなくなってしまうでしょう。
サンタクロースがいないだなんて! それは妖精を信じないのと同じことですね。パパにたのんで誰かを雇って、クリスマスイブに街中の煙突を見張って、サンタクロースを捕まえてみようとしましょう。でも、もし降りてくるサンタクロースを見なかったとしても、何がわかるでしょう。誰もサンタクロースを見ていないけれど、サンタがいないという証拠はありません。この世の中でいちばん本当のことは、大人にも子供にも見えないのです。
芝生で妖精が遊んでいるところを見たことがありますか? もちろんないでしょう。でもそれが、妖精がいないという証拠にはならないのです。世界には目に見えないものや見ることのできない不思議なものがあって、誰も全部を思いついたり想像したりはできません。
赤ちゃんのガラガラをバラバラにして、音を鳴らしているのは何なのか、中をのぞいてみることはできるでしょう。でも、目に見えない世界はヴェールでおおわれていて、一番強い人でも、いいえ、歴史上の一番強い人たちの力を集めてみても、そのヴェールを引き裂くことはできません。信じる気持ちや、空想や、詩や、愛や、ロマンスだけが、そのカーテンをあけることができて、向こう側に広がるものすごく美しく輝いたものを、見たり描いたりできるのです。
この話は全部本当かって? ヴァージニア、この世界で、このことだけが本当でずっと変わらないものなのです。サンタクロースがいないだって? うれしいことに、サンタは今も、そしてこれからもずっといます。一千年、いやあと十万年たっても、サンタクロースは、ずっとずっと、子供たちの心を、喜ばせてくれるでしょう。

以上です。
みなさん、いかがでしょうか。

もっとも大切なことは、想像力で、想像力の先にしか、真実はないのです。
サンティグジュペリが、「大切なものは目には見えない」と言って、
ジョンレノンが「想像すれば世界が一つになる」と言いました。

それらは、理想ではなく、夢想でもありません。
誤解を覚悟であえていうなら、「理論」です。
もう少し踏み込んだ言葉でいうなら、「処世術」です。

生きにくい時代だからこそ、心は空よりも広く、心からサンタクロースを信じてワクワクしたいものですね。

上石神井校 校舎長   林 克洋