校舎ブログ

春の日の思い出

上石神井校|2012年4月5日

もうすぐ新学期ですね。

さて、恒例の(?)思い出話をひとつ・・・。

僕は、「春」という季節が苦手でした。
なぜか。
答えは簡単。人見知りだからです。
春は出会いの季節。
でも、人見知りな僕にとって、大量の出会いは、ちょっとした拷問でした。

高校初日。

人見知りな上に多感という二重苦によって、僕は見事に高校デビューに失敗しました。
自己紹介、ダダすべり。ボケてないのにボケたことにされた感じでダダすべり。
芥川賞の作家さんみたいな、不本意なスピーチ(笑)

新学期・友達ゼロ。

困った。

困った僕は、クラスの人見知りっぽい子に話しかけて、その子と友達になりました。
そこから、じわじわ広げて、やっと1年の終わりごろ、友達が、数人できました。

そして2年生になって、クラス替えを気に友達の輪が広がって、友達が一気に増えたころ、ぼこぼこに殴られて(夏の思い出参照)、一気に減りました。
友達の友達は友達なので、殴られた敗者な僕は、居場所がなくなったのです。
昼休み、どこにいたらいいのか、わからなかった。
廊下を、うろうろ。
放課後、柳ヶ瀬を、一人で、ふらふら。

でも、3年生になるころには、友達なんていなくていいやと思ってました。
なぜなら、それまでがんばって作った友達とは、みんな、「気が合わなかった」からです。
というか、よく考えたら、「気の合う友達」が、それまでの人生で一回も、できなかったのです。

誰が悪いとかではなくて、単に、自分は、誰とも仲良くなれないんだなあ・・・と、ぼんやり思って、過ごしていました。

僕が望んでいたことはただ一つ。

「生きるのって、苦しいよね。」
「うん。本当だね。本当に、苦しいよね。」

そんな会話を、したかった(引くよね)。
でも、思春期の自分は、大真面目に、そんな会話がしたくてしょうがなかった。
「それでも生きなくてはいけない理由」を、本気で語り合いたかった。
そんなテーマなら、毎日、何時間でも話していられると、思った。

でも、駄目だった。
それは、普段の何気ない会話のメインテーマには、決してならなった。
それを、それこそを、それだけを、語りたかったのに、
それは、ほとんどまったく、会話のモチーフにはならなかった。

だから、「じゃあ誰とも話をしなくていいや」と思って、でも寂しくて、我慢して過ごして、そして、大学に入学。

大学に入学した、春。

劇団「こだま」に入団した僕は、衝撃を受けた。

「なぜ、人生は苦しいのに、生きるのか。」

そればっかりを考えている人が、たくさんいた!!

そんな台本ばっかり書いて、そんなセリフを、叫ぶように何度も言う。みんな、そうしてる。

稽古初日。
「10分間、新人全員、舞台上で自由にふるまえ」
という内容の稽古の時、ひたすら世界への人生への泣き言恨み言を叫び続けた自分が、「評価された」。
それは、そこでは、「全然アリ」だった。

あの瞬間、自分に、春が来た。

親にもうまくわかってもらえていなかった自分が、わかってもらえると思った。
実家以外で最初の「居場所」ができたと思った。

その直感は、大正解。友達が、親友が、苦労もなく増えていった。
劇団に流れる曲は、いつもブルーハーツ。
リンダリンダを、叫んで歌って。
どぶねずみみたいに、美しくなりたくて。
人生に対する、ありったけのいろんな思いを、書いて、叫んで、演じてた。

それが、自分の、春。

思うに、「春」がいつ来るのかは、本当に人それぞれ。
若い子は、どんな状況でも、腐る必要、まったくない。と思う。
思春期は、春を思う時期だけれど、春が来る時期とは、限りません。春が来るべき時期とも、限りません。
中学、高校と、残念だった僕の生活は、大学で一変した。
社会人になって一変する人もいると思うし、中年になってからの人も、それは当然、いると思う。
遅いから不幸ってものではないし、早いほど得ってものでもない。

これは、メッセ―ジ。
友達のいない中高生への、「だいじょうぶだぜ(^_^)/」っていう、メッセージ。
高校デビューに失敗したって、平気だぜっていう、メッセージ(笑)。

あ、そもそも、HOMESの講師は、みんな仲良くしてくれるしね(゜o゜)

僕も、高校の頃、HOMESみたいな塾に通いたかったなーーーーー。なんちゃって(*^_^*)
そんな締め方で、OK??

手に持ってるのは、下井草校の小川先生からのプレゼント。
HOMESに入社して、(人生で)2度目の春が訪れたようです。あったかい!!

上石神井校  校舎長   林克洋