校舎ブログ

勉強の流儀Ⅲ 歴史編

岐南校|2017年4月14日

中3歴史の講義で、日清日露戦争からの復習講義を行いました。

アジア情勢は、決して過去ではなく、現代史に至るまでのかなりホットな話題ですので、慎重に説明しました。

この曲も取り上げてみようと思います。

 

 

名曲には2種類あると思います。

一つは、誰もが口ずさみたくなる名曲であり、

もう一つは、歴史的名曲というものです。

前者は、時代を越えて愛され、普遍性があるもの、

後者は、その曲の完成度は言うまでもなく、その曲にまつわる周辺に数々の伝説があり、それは時代を経るごとにどんどん増殖していくというもの。私にとっては、ロバート・ジョンソンのブルースであり、マイルスの「カインド・オブ・ブルー」であり、ジミヘンの「モンタレー・ポップ」となります。日本では、やっぱりこのザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」。

1968年発表時、レーベルが東芝の子会社で、政治的な配慮から発売中止になりました。

幻の名曲として歌い継がれ、ようやく、34年を経た2002年になって正式に発表されました。

隔世の感があります。

カップリングがこれも名曲「悲しくてやりきれない」。

 

さて、歴史はよく「結局暗記しかないよね」とか「過ぎ去った事を勉強するよりも、これからの事の方が大事」などと耳にすることがあります。

そういう時、いわゆる素人の方が言われるのであれば、私はそっと流します。

しかし、自分が受け持つ塾生であれば、そうではないことを教え込みたいと思います。

 

歴史を勉強する上で、3つの観点があります。

まず、「歴史観」です。これは人の数ほどあります。

唯物史観、皇国史観、薩長史観、東京裁判史観、自虐史観、清張史観、司馬史観…。

人それぞれ歴史認識が違うのは当然のことで、そもそも歴史の見方には複数あるという前提を持つことが大切です。

 

次に「中心観」について。

大航海時代にスペインとポルトガルは、彼らだけで勝手に世界を二分しました。トリデシリャス条約・サラゴサ条約です。

大英帝国の全盛期にイギリスは本初子午線として経度0度をロンドンに引きました。

中国には中華思想など、国によって世界の中心があるのです。

「世界の中心で愛を叫ぶ」という作品では、主人公がラストシーンに行った場所は、オーストラリア、アボリジニの聖地「ウルル」でした。

つまり、世界の中心は、それぞれにあるわけです。

 

そして、「時間認識」。

エジプトの太陽暦、二十進法のマヤ暦、ユリウス暦、グレゴリオ暦、神武紀元、西暦、イスラム暦など。

時間のとらえ方もまた、文明や国によって違います。

また、古代・中世・近世・近代・現代などの時間軸。

どこを基準にするかで、歴史の解釈がまったく違うのです。

この時間軸は思考の上で伸縮自在に捉えることができます。

たとえば、「アメリカ・ファースト」という考え方。

実は、アメリカが世界外交を行った戦後の方が珍しく、モンロー主義と呼ばれる一国主義の方がアメリカの伝統なのです。

どこを時間軸の中心とするかで、捉え方が大きく変わります。

 

このように、歴史観、中心観、時間認識がそれぞれ違うのだということを感覚的に落とし込みます。。

最後にこれが大事ですが、歴史とは解釈論です。

事実とは別に、その事実に対して解釈の数は無限にあるのです。

 

それを説明するには、「石田三成」がもっとも適任でしょう。

1600年関ケ原の戦いで、西軍を率いた石田三成は、東軍の徳川家康に敗れました。

それ以降、江戸時代では、大謀反人として歴史に刻まれます。

明治以降も、まだだめでした。

昭和から平成になり、21世紀に入ると、徐々に石田三成は復権を果たします。

最後まで豊臣方に忠義を尽くした義に厚い武将、検地や刀狩を取り仕切った知将として。

昨今では石田三成役の俳優はスター級が務めたり、元々徳川幕府の譜代大名である井伊家のおひざ元の滋賀県がPR動画として三成をとりあげたり、江戸時代では考えられないくらいにイメージが変わったのです。

400年間で、この変わりよう、これが歴史の解釈のダイナミックな所です。

 

このような解釈をメタ認知として俯瞰できれば、現代のイスラム過激派の動きをはじめ、世界情勢の理解が加速的に増します。

多次元的思考法、この方法を身につけるのが歴史の勉強となります。

 

岐南校 奥村